はじめに
自民党の建築設計議員連盟総会で、日本建築士事務所協会連合会、日本建築士会連合会、日本建築家協会の設計3会による建築士資格制度の改善に関する共同提案があったとのニュースがありました。
設計議連 議員立法で建築士法改正/実務なしで受験可能/設計3会が共同提案
ようやくという感覚が正直なところですが、大きいところで角番制の廃止を提案している点は大きい変更になるかと思います。教えてきた受験生が、毎年角番で振り出しに戻る失望した様子をみるたびにこれが本当に適正な評価なのかなと思うところでした。
また、実務経験2年を登録までに期間を変えるという点も含め、実務をしながらの資格取得の過負荷をいくらかでも和らげてくれると良いと感じています。
建築士資格取得をめぐる現状
ここ最近の建築分野の求人の傾向としては、有資格者を求める内容が多くみられます。退職者が増加している中で、専任の資格者数を確保出来なくなってきていることや、新入社員を育てる余裕がなく即戦力を求める傾向が強く出ているからだと考えられます。
また、資格者が必要であるということでかけ声をかけるものの、実際の資格取得を促すような環境を整えている会社はまだまだ少ないと感じます。
一般的には建築関連業界も人材育成や社内研修制度等いろいろと取り組んでいるようにニュースで目にしますが、この大半は大規模設計事務所である大企業の状況であり、建築設計事務所全体からすれば一部ということになります。実際の登録設計事務所の大半は所員5〜10名程度までの小規模事務所になります。
参考資料
設計事務所実態調査報告書 2007 年 10 月 社団法人 日本建築学会 住まいづくり支援建築会議 調査研究部会
図 2.1 全事務所の所員数による割合と各部門の所員数による割合(全体)12ページ参照
勤めている側からすると実務の業務で時間をほぼ消化しきっているところに上乗せで資格は取れと要求されている状況は理不尽さを感じるでしょうし、直属の上司の顔を見るに目の前の実務を優先せざるを得ず、結果的に資格講座を受講していても欠席が続きます。おそらく資格学校に申し込みをしている受験生の半分以上が幽霊受講生化しているのではないでしょうか。
次世代への継承行動が必要なフェーズ到来
このように、実務を担っている建築士候補者でありながら、会社に対しての「勉強してますポーズ」のために毎年高いお金を給料から「会社に残るための必要経費」として出している状況が実態としてあるなかで、現在の状況やこれからを見据えた資格制度の改正はもちろん急務といえるでしょう。ですが、それ以上にいまの有資格者全体の6割以上を占める50才以上の経営を担う側が、本気でつぎの世代を育てて継承していく行動をとらなければ建築業界は古くさい慣習とともに劣化が進む一方でしょう。
刷り込まれた社会背景による自己主体意識と進まない継承意識
戦後のまずは復興という流れで需要過多の時代を生き抜いてきた世代や、その後の高度成長期時代の少し乱暴にいえば営業をしなくても仕事が来る時代を駆け抜けてきた世代は、その時代背景の影響により競合相手を落として受注獲得をしたり、ライバルに差を付けて役職に就くような行動インセンティブの中で社会生活を送ってきました。
そういう社会から一転して1990年代以降、経済は停滞しまた行動欲求の価値観が変化するなど様々な面で社会は構造転換されてきました。ところが、他の業界が社会の変化に合わせた体質転換を図る中で、建築業界やその資格制度は後手に回る対応をこれまで続けてきたのだと改めて感じます。
意識が希薄な独占資格と社会的行動責任
建築士の資格は独占資格です。国家資格であり業務独占の権利を付与されている一方で、求められる義務があることはあまり明示化されていないため理解が進んでいないという課題があります。建築士法には2つの法定団体がありますが強制加入ではありません。ですのでこれらの業界団体への加入率の低さは意識の程度をはかるひとつのバロメーターになっています。
独占資格の代表的なものとして医師や弁護士などがありますが、いずれも緊急時の行動を求められますし公益活動を要請されてさまざまな社会貢献活動を行っています。建築士の場合は、たとえば災害時の建物応急区分度判定などの人材派遣が大地震や地滑り等の災害発生の度に要請されますが、自分は関係ないと無関心でいる建築士も残念ながら少なからずいます。
東日本大震災において表出したスキルの偏り
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の際には、大学からの対応が現地への支援が数多くあり話題になりました。表づらとしては学生も一緒によく頑張ったということになります。
しかし、実態を考えてみると高台移転等のプログラムを実施していかなければならない中で、基礎知識として必要な市街地再開発法や区画整理法等の法令知識や扱いに関するスキルや、まちづくり全般と関わる住民との合意形成プログラムを作成実施するスキルをもつ有資格者が余りにも少なかったためとみることができます。
なぜこのようなスキルを持つ有資格者が少なかったかというと、日常の業務に特化して活動を続けてきた結果であるかと思われます。
建築士が有する知識技術全般のOJT等の継続的な情報更新等が行なわれず、本来持ち得ているはずの知識や技術が劣化してしまったため、とりわけ日常業務で接する機会が少ない都市計画関連やまちづくりと関連するマネジメント分野の弱さが東日本大震災の対応の際に表出したと考えられます。
おわりに
今回の建築士法改定の提案のアクションは、現役の有資格者が大量に引退をしていく中で背水の陣になりつつあるぎりぎりのタイミングかと思います。また、法令改正のロードマップと合わせてひと育てを業界団体を中心としながら積極的に取り組み、業界の体質を構造転換する必要があります。
そして、クリエイティブで創造性豊かな魅力のある業界を適切にセットアップすることが、いまの建築業界を動かしている既資格者の義務といえます。